HIDEAKI プロフィール


 最初のパチンコの出会いは羽物「マジックカーペット」。羽物だけでも当然満足する訳でもなく、次第に連荘機やフィーバー台を打つようになり、最初はやはり負け組みからスタートするものの、その約3年後。CRギンギラパラダイスが全盛の頃にある攻略の規則性を掴む。その機種は「CRギンギラパラダイス」

 その規則性を元に、その後「フィーバークイーン」「フィーバーパワフル」「CR大工の源さん」「CRモンスターハウス」「CRバトルヒーロ」このあたりの機種をメインとして打ち連戦連勝。現在とは違い、さして新台入れ替えのなく、賞球5球の時代で、ホールの出玉の甘い時代。この時にしっかりと収支を稼ぐ。やがて旧要件機が撤去がすすむ中でも、その後も「CR海物語3R」「CR海物語6」「新海物語」と、あくまでメイン人気機種を中心に立ち回り、やはりパチンコで連戦連勝。常に大勝ちは決して望まず、短い時間で手堅くプラス収支に持っていく事を基本とする。パチンコ攻略において常に念頭に置いている事は”攻略は一通りではない。”という事。

攻略のある規則性を掴むまで(18歳から22歳)


 初めてホールに行ったのは18歳の頃。この時は羽物が全盛で今や懐かしい8Rがメインの時代でした。3000個打ち止め、15R継続機種でも4000個打ち止めが殆どでした。この攻略の規則性を掴むまでもこの時代は正直遊べる時代でしたね。1000円、2000円の投資金額で打ち止めに命を懸けていました。(今思えば懐かしい思い出です)まあ、どんなに負けても5000円くらいで、勝つときは打ち止め2回が目標。しかし、トータルでは若干負けでしたね。

 やがて浪人時代(1年間)には「麻雀物語」にはまりました。とにかく当時の中では液晶の美しさにびっくりしました。毎日そればっかでした。当時はラッキーナンバー制のホールがメインで、「白」「発」「中」当たりに命を懸けてました。それ目当てで勉強もそっちのけでしたね。で、その後無事?大学にすすむものも大学入った後も今度は「アレジン」「アレンジマン」にはまりまくり。

 この時にはまだホールの規則性を掴みきれておらず、ひたすら「ボーダー理論」を信じ込み、よく回る台と単なる感、後新装狙いで、それでもややマイナスでしたね。「黄門ちゃま」は当時ボーダー理論信仰者であった自分には怖くてよーやりませんでした。と着々と大学生前半時には負けを作り上げてました。しかし、それでも4年トータルでマイナス50万までで推移していたような。調子の良い時(決まって3、4月でしたが)その時だけはプラスでしたね。ですが、負けを作りつつもフィーバー台も賞球は7球、羽物も含めるとなんのかんの言って遊べる時代でした。単に時間の浪費と言えばそれまでですけど、それでも「時間いる割りには勝っているぞ」と訳判らん理由で満足していましたね。また、当時何も知らなかった自分にはある意味パチンコに夢を求められた時代でしたね。(今は本当にサバイバルで当時とは全然違いますね)

常勝パチプロとの出会い(23歳)


i
 自分のパチンコ生活が明らかに勝ち組に転換したのは、あるホールでのパチプロの観察からでした。あまりにもラチのあかないパチンコライフに嫌気がさし、何か良い方法はないのか・・・。とおもっていたのです。

 そのパチプロはいつも勝っている訳なのですが、何故そう確定的に勝ち続けるのか不思議に思い、観察を始めたのです。そのプロは一気にドル箱を積むような派手さはなかったにも、それでも多かれ少なかれ、いつ見てもとりあえずドル箱を抱えているのには不思議に思っていたのです。目立った出玉がある訳ではないのだが、お金をつぎ込む姿も逆に殆ど見かけない。一言で言うならば

  
そのプロの一番の特徴は当たりを引くのが異常に早いのでした。

 
今から約10年前、当時CRギンギラパラダイスが全盛の頃の話です。そのプロは派手さはなかったので、他の人はさして何も怪しまなかったと思いますが、そのプロは確実に勝っているのは私は解っていました。とにかく持ち玉を殆ど使わないのです。出した一箱使うのに当時は40分程でなくなったものが2時間も3時間もかけているのです。その時は県の規制も厳しく最大でも2箱しか積めなかったのですが、でそのプロは常時と言って良いほど確実に2箱は積んでいました。この県の規制はむしろそのプロを目立たなくするには今思えば、格好の規制だったと思います。観察する限りは平均5箱前後くらい、そのうち2万発以上のような大勝ちの時も何回に1回かあるような感じです。

 打ち方そのものはごく普通でしたが、打つ事以外では目立った行動が多く、どうもその行動自体は何か意味があるようにしか思えず、その根拠は何なのかずっとチェックをしていたのです。そのプロは時間を大変気にしているようであり、また自分以外の台を観察している事も非常に多い。台を選ぶ時は確信しているような台の選び方。また何よりも全く打たない時間が相当長くその間はおばちゃんや常連客としゃべっている事が大半。

 何度もホールに通ってそのプロを観察している内にそのプロの特徴がわかってきたのです。それまでは1ヶ月ほどと結構時間はかけていたのですが、台の決め方、また時間を気にしているのは何故か?また何を見て打ちだすのか、・・・・観察と共にある規則性が掴めてきたのです。

 特に打ち出す時の特徴は、少なくとも確実に●●●●●●●●●タイミングであり、ここを基準に自分はあらゆる仮の理論を立て始めたのです。最初わからないうちはとにかく、タイミングだけは一緒にする事だけを心がける。実際はこれだけではないようなのですが、それでも当たりの取れるペースが飛躍的に伸びた。つまりこの時は時間の方でなんとなくある規則性がつかめたのです。これが第一段階。

 次の段階は場所の問題。とにかくこのプロ当たりを引くのが早い。そのプロは決まって朝一からやや遅れてホールに来るのだが、次第に何を見ているのかよく判った。台の番号である。その番号はどう見ているのか。・・・これは何かすぐ判った。今思えばラッキーもあったのだが、とにかくこのプロ●と●に気を配っていたようだったのです。

 何故その番号に気を配るのか・・・・そこで謎はほぼ解けたも同然でした。規則性を掴んだ私は実際に同じようにしてみたのです。すると、自分の台もすぐに当たりがくるのではないですか。・・・これは単なる偶然ではなかったのです。同じ方法で来る日も来る日もすぐ当たりは引けたのです。

 さらに一月程たった頃、私はその規則性にほぼ確信を抱いていました。そして満を持してそのプロの席と隣の台で打ち、ボソっと内容を言ってみたのです。そのプロもこっちの事は何かすでにマークをしていたようで、その時の苦笑いが今でも忘れられない。そうなのです。やはりその攻略法は・・・・細かい部分では多少の相違はあるものの、大筋では同じだったのです・・・。

 この打法の大きな特徴はどの機種でも通用する事なのです。いや機種自体は問題ならないと言った方が適切です。スロットを含む場合はさてどうなのかと言えば、もちろんスロットでも同様の事が言えたのです。それは私がこれまで抱いていたパチンコ攻略法はオープンチャッカーに玉を何発を入れると連荘と言った機種別の攻略法のものくらいしか知らなかったのですが、そのパチンコ攻略の概念とは全く異なるものでした。しかしこの規則性は攻略法である事には変わらず、知ってしまえばそのカラクリは案外難しいものでもなく、いずれ何らかの対策が入るとは思っていたが、それは未だ入っていないのが現状なのです。(この頃は何故対策が入らないのか不思議におもってたのですが)

 と、この時には毎日のように出玉も実際良い「ギンパラ」を中心に「アレジン」「アレンジマン」「フィーバークイーン?」「フィーバーパワフル」ばっかりしてました
。その中でも良い思いをしたのはやはり出玉が一番よい「ギンパラ」でした。そして何故連荘するのか、さらなる規則性もこの時たくさん見つけていきました。(続く)